■アンコール遺跡群の修復を通して

アンコール遺跡群では近年、多くの修復チームが活動を繰り広げています。各遺構の破損状態や伽藍構成、建物の構造的特徴、建築的もしくは美術的意匠、宗教的な背景、そして周辺環境は千差万別で、各修復チームはそれぞれの遺構に相応しい最善の修復理念と技術を模索しています。一見して同じように見える遺跡であっても、そこに表現された思想は決して同じものではありえません。これらの思想に対する理解が各遺構の修復方法を決定しているのです。何かを保存するとき、何かが失われるということは避け難く、その取捨選択が遺跡に対する理解を示しているのであれば、各修復活動を眺めてみることによって、現代という時代がそれぞれの遺構をどのように理解しているかということを逆に照射できるかもしれません。

保存修復の理念と技術とは、それぞれ呼応しながら常に変化し、展開し続けているものです。現実的には技術が理念を規定する部分が大きいといえましょうが、理念が技術の方向性を決定づけていることは確かです。当然、いつの時代にも遺跡の修復は最良の方法が目指されていますが、それはあくまでも試行錯誤の中で編み出されたその時点での仮の手法に過ぎないのです。これまでにアンコールで進められてきた修復活動を時系列に沿って眺めながら、その変化の速度を体感するならば、保存修復に対していかに慎重な姿勢で取り組まねばならないかということ、そして多様な修復方法を否定することの難しさが、きっと理解されることでしょう。

ここでは、過去に実施された、そして現在進行中の保存修復事例を通してアンコール遺跡を眺めてみます。

このコンテンツを作成するにあたり、参考にさせて頂いた書籍・サイト一覧


監修:中川 武
協力:早稲田大学建築史研究室アンコールゼミ