バイヨン寺院北経蔵の部分解体・再構築
「バイヨン寺院全域の保存修復のためのマスタープラン」の策定

バイヨン寺院はアンコール遺跡の中で最も危機に瀕した状態にあるもののひとつで、1999年9月、北経蔵の部分解体・再構築工事が完成しました。この工事過程で得られた知識と習得した技術をもとに、「バイヨン寺院全域の保存修復のためのマスタープラン」の策定に取り組みました。

修復前 修復後

■外観だけでなく伝統的構法をも可能な限り保存

従来この地域での修復方法は、基壇内部の版築土層を鉄筋コンク リート構造の擁壁で囲い、砂岩は化粧材としてその外側に張り付ける構造に変換するものでした。石材も人材も不足している状況下ではやむを得ない方法でしたが、伝統的構造が全く受け継がれないのは残念なことです。外観の保存と同時に構法のオリジナリティーを可能な限り尊重し、かつ原構法のもつ構造的弱点をカバーする手法を修復に適用するのがJSAの命題です。

■「たたき」の固化メカニズムを利用した版築土層の安 定処理を採用

様々な補強案の検討と実験の結果、もともと使われていたものとほぼ同じ粒度分布に調整した砂と土に、最小限の消石灰を加えて時間をかけて固化させる方法を採用することにしました。この方法であれば基壇内部の版築土層は吸水浸透性を保持したまま、オリジナル部と同等の強度を確保し、砂岩やラテライトは単なる化粧材としてではなく、従来通り構造材としての機能を持ちながら外観を形成することができます。

●近代技術によるサポート

建物全体の構造形式においては、極力創建当初の技法を尊重す る一方で、現代的な技術も採用しています。破断した砂岩部材はステンレスボルトを挿入してエポキシ系接着剤に砂岩粉末を混入して固定し、直射日光を浴びる目地部分は砂岩粉末や砂と無機顔料で調色したポリマーセメントで保護します。また、移動式クレーンやミニクレーン付きトラックなどの現代的建設重機が修復現場で使用されています。これらの機材は、作業の安全性の確保に寄与しています。

■砂岩新材の調達

創建当初と同じ構法で修復するには、同じ材料の調達が必要です。 内部の砂は近場で採取した砂をブレンドして当時の状態に近いものをつくれたとしても、砂岩とラテライトは同一の品質の石材を新たに調達しないと、せっかく同定した散乱石材の原位置復帰を支承するための欠損部の補填など、構造的に必要な修復工事ができません。2年間のカンボジア鉱工業エネルギー省との共同探査の結果、ついにJSAはバイヨンで使われている砂岩に極めて近い色・強度の砂岩の入手に成功したのです。同様にラテライト新材の切り出しも実現できました。基壇内部の劣化が著しいラテライトブロックは、新材に交換されています。最近まで石切場はクメールルージュの拠点に近いことや、地雷の埋設、道路網の不備などのため採石自体が諦められていましたが、 アンコール遺跡の修復方法に、新たな一ページが開かれました。

■全面解体か部分解体か

壁体・屋根は不同沈下の影響で相全体的に当変形しており、解 体・再構築の手法が必要なことは明らかでした。しかし、基壇は東西両端で著しく不同沈下・変形しているものの、中央部では広い範囲にわたって比較的均等に少し沈下していただけだったため、その部分はそのまま残しても再構築できる可能性がありました。議論の末JSAは、オリジナリティーを最大限に尊重し、また「バイヨン全域の保存修復のためのマスタープラン」に向けた部分解体による修復手法の開発のためにも、基壇については中央部分を現況のまま残 し、上部と両端部のみを解体する方法を採ることにしました。

●7000個の石材のジグソーパズル

崩落して周辺に転がっている散乱石材はバイヨン全体で数万個 に及び、そのうち約7000個の部材について寸法、装飾、帯磁率などから大まかな選別を行いました。さらにこの建物の部材であった可能性の高い約2000個に絞って原位置の特定を行いましたが、2年に及ぶこのジグソーパズルの結果をもってしても、北経蔵 の部材と特定できたのは、わずか30個弱でした。
※1【帯磁率(χ)】与えた磁場の強さ(H)に対する誘導磁化の強さ(M)の比(χ= M/H)。岩石の場合、単純に言えば、岩石の磁石に対する引力の大きさである。
■修復工事の手順