バイヨン寺院は,クメールの造形芸術文化が長く緩やかな古代王朝の盛衰の時を重ねて辿り着いた一つの終着点ともいうべき遺跡です。また,カンボジアのみならず,タイ,ラオス,ベトナム,マレーシアといった近隣諸国への広大な版図を有した古代クメール王朝の極点というべき国家寺院でした。アンコールの中でも最も観光客を集める遺跡の一つである,ここバイヨン寺院において,JSAは崩壊の危機に面していた北経蔵の修復工事を実施しましたが,未だに保存修復に関係した様々な問題を孕んでいます。JSAはアプサラ機構と協力したJASAという組織体制の下,2006年より5年間にわたり,以下の保存修復事業を実施しています。

1) 南経蔵の修復工事

様々な補強案の検討と実験の結果、もともと使われていたものとほぼ同じ粒度分布に調整した砂と土に、最小限の消石灰を加えて時間をかけて固化させる方法を採用することにしました。この方法であれば基壇内部の版築土層は吸水浸透性を保持したまま、オリジナル部と同等の強度を確保し、砂岩やラテライトは単なる化粧材としてではなく、従来通り構造材としての機能を持ちながら外観を形成することができます。

2) 中央塔の恒久的安定化のための補強方法の研究

寺院中央にそびえ立つ尊顔塔は,周囲の地面からは高さ42mに及ぶ構造で,バイヨン寺院の象徴的な存在です。円形の平面をなす,クメール建築でもユニークなこの搭状の建築は,必ずしも構造的に安定している状況ではないということが,これまでの構造調査により明らかになりました。本事業では,中央塔を対象として迫り出し式の塔に有効な補強方法を研究しています。

3) 内回廊浮彫りの保存修復方法の研究

バイヨン寺院には内回廊と外回廊のそれぞれに,長大な浮き彫りが施されています。いずれも寺院の宗教的性格や当時の生活背景を伝える重要な痕跡ですが,特に内回廊において劣化が進行しています。石材の表面が,徐々に剥落していくことにより,貴重なそれらのパノラマとなった浮き彫りが失われつつあります。様々な劣化原因が推測されますが,その原因を究明し,劣化の速度をできるかぎり抑えるための保存方法を研究しています。