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日本国政府によるカンボジア、アンコール遺跡群の修復支援活動の
   第1〜2期事業(10年間)終了報告および竣工式典開催のご案内

【カンボジア政府を含む国際社会からの高い評価】

1989年、当時の竹下内閣が「国際協力構想」の三本柱の1つとして国際文化交流の強化をあげたことは、日本による本格的な文化遺産保存協力体制を結成する契機となり、1993年には日本の呼びかけで30ヶ国が集まり「アンコール国際調整委員会」が開催され、カンボジア・アンコール遺跡救済への本格的な取り組みへ向けた「東京宣言」が協同発表されました。

そして1994年、日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA、団長:中川武[早稲田大学理工学部教授])が、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金を受けて結成され、これまで大学の研究者を始め、石工職人まで各分野の人々を結集して、延べ650名の専門家が関わる、産学官民一体の大規模な学際的な国際協力活動を組織してきました。

周知のようにカンボジアは、1970年以来の戦乱による国内の疲弊があり、和平とそこからの復興は国際社会の継続的な協力なしには不可能な状況でした。1992年にはアンコール遺跡がユネスコの世界遺産に登録され、緊急な救済を必要とする危機的な遺産にも指定されていました。そして2003年に開催された「アンコール国際調整委員会」10周年記念のパリ会議の際、今日までの10年間にわたるJSAによる取り組みは、続発する世界の危険地域救済のための、極めて重要で示唆的な先例とみなされること、また文化遺産保存修復技術の移転と、それを中心とした地域の持続的な発展支援に対する貢献へと道を切り拓いたことにより、国際的に高い評価を受けています。

【バイヨン北経蔵:日本の伝統工法の知恵を生かした遺跡再建】

JSAは、第1期(1994年11月〜1999年4月)および第2期(1999年5月〜2005年4月)の事業で、次の三遺跡を修復の対象として事業を行ってきました。アンコール遺跡は、9世紀から15世紀にかけて栄えたクメール王国のアンコール王朝が残したものです。都城址のアンコール・トムの中心寺院であるバイヨンと呼ばれる石造りの遺跡は、四面に尊顔を彫出した仏塔が林立する特異な形式で知られ、アンコール遺跡の中で最も崩壊の危険が迫っていた主要遺跡の一つです。 とりわけその北経蔵は、かろうじて残存した壁体がなお亀裂を広げつつあるような有り様で、劣化原因の調査を含めて5年がかりでその半解体工事を進め、1999年に竣工しています。砂と消石灰を混ぜて練り、叩き締めて盛り土をつくる、「たたき」と呼ばれる我が国の版築工法を、クメールの伝統を尊重するための修復に導入するなど、日本の修復チームらしい手法が用いられています。

【プラサート・スープラ塔:アンコール初の基壇基礎まで含めた全解体修復】

次に、アンコール・トム内の王宮前広場の東側に林立するプラサート・スープラと呼ばれるラテライト(紅土岩)造りの12棟の塔群は、いずれも半倒壊状態にあり、周辺のテラスは壊滅的な惨状のまま、ブッシュに覆われて近付くことも困難な状況でした。各分野からの調査によって、塔とテラスとの関係の解明に努めるとともに、その修復方法が慎重に検討され、最も傾斜が進行していた北側の塔について、アンコール地域では初めての、基壇基礎までを含めて全解体した上で、再構築をする修復を行っています。また修復例の少ないラテライト造りの遺跡の修復手法の確立も、大きな課題の一つとなりました(別紙1をご参照下さい)。

【アンコール・ワット北経蔵:一つでも多く、少しでも長く美しく】

−崩落石材のジグゾーパズルと原位置復帰−
最後に、建築の構築技術の上でも、構成やデザインの上でも、クメール様式の最高峰であるアンコール・ワットは、幾つかの細部や外回廊東北隅部の塔などを除けば、全体としてそれほど危険が迫っているわけではありませんでした。しかし、精度の高いアンコール・ワットのオリジナルな造営技術に比べて、既存の応急的な補修工事は、あまりに不注意なものであったこと、そして、とりわけ前後左右のポーチ部分の屋根がすべて崩落しているために劣化が進行しつつあった北経蔵は、なるべく早く部分解体修理の必要があり、崩落・散乱した約800個の部材片の中から約450個について元の位置を割り出し、再利用が可能な300部材余りについては、劣化部分を修復の上で再構築する手法を取りました(別紙2をご参照下さい)。

【竣工式典およびバイヨンマスタープラン・バイヨン憲章発刊記念式典の開催】

2005年4月、プラサート・スープラ塔北群の1棟およびアンコール・ワット北経蔵の工事が無事に完了し、そして来る6月3日、現地シェムリアップのアンコール・ワットの境内にて、カンボジア王国ノロドム・シハモニ国王のご臨席(予定)のもとに、保存修復工事の竣工式が行われる予定です。またJSAの活動の集成として編纂された、バイヨン寺院全域の保存修復のためのマスタープラン、さらにバイヨン憲章の発刊記念を兼ねて式典を挙行いたします(別紙3をご参照下さい)。

【第3期事業へ向けて:遺跡の保存修復を通してカンボジアに誇りを伝えたい】

かつてシハヌーク前国王が、「国際社会がクメールの過去の復興に協力してくれたことにより、カンボジアは再び未来を信じることができるようになった」とのメッセージを残されています。私共JSAは、10年の国際協調の成果として、バイヨン憲章やJSAの質の高い修復工事が、今後のアンコールでの保存活動の指針として認められたのは、長期的ビジョンのもとに進めてきた人材養成と徹底したデータの公開などを評価していただいたからであると考えています。結果的に、アンコール遺跡が危機リストから除外されることになりました。しかし、遺跡の保存と地域の発展および人材の養成を調和させ、持続可能なものとしていくことは、いま少し国際協力が必要な課題としてカンボジアに残されています。これまでもJSAは、実際の工事の場で、カンボジア人の専門家や技術者の育成に努めてきました。来る第3期事業へ向けて、あらためてクメール民族の価値観や思想を伝統として尊重し、それを修復保存することが人類の価値を継承することになる意味を問い直し、カンボジアの人々と現場で共に汗を流しながら、活動を継続していきたいと考えております。

 

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