JSA/JASAによる技術協力
バイヨン本尊仏像の修復およびレプリカの作成
バイヨンは12世紀末にジャヤヴァルマン7世王によって建立された「仏教寺院」です。中央祠堂にはムチリンダ竜王に護持された仏陀坐像を本尊として据え、祠堂を囲む塔や、初期に建造された回廊には仏教系の神々のモチーフで飾られていたと考えられています。事実、削残された観音像も発見されています。これらの多くはバイヨン寺院がヒンドゥー教へと改宗された際に破壊されてしまったと考えられています。台座を含めた全高4.7m、総重量15tと推定される壮大なるバイヨン本尊仏も同じく改宗による破壊の対象となり、忘れられた存在となりました。
1933年にフランス極東学院がバイヨン寺院中央塔直下坑を発掘した際に、破断されたまま投棄された仏陀像が発見されました。仏陀像はフランス極東学院によって発掘修理が行われ、王室の指導のもと、現在はバイヨン寺院北東に位置するヴィヒヤ・プランピー・ロヴェーン寺院に安置されています。この仏陀像が異論もありますが、私たちはジャヤヴァルマン7世の治世期に中央塔に安置されたものと考えています。このアンコール王朝バイヨン期の宗教的核心ともいうべき彫像が、現在では一部の地元住民を除いてほとんど知られておらず、全く警備体制も無いのが現状です。
現在私たちは往時のバイヨン本尊の姿の復原考察の一環としてレプリカの作成を進めています。本尊レプリカ作成作業は2011年末より開始しています。作成するにあたり、まず本尊の3D計測を行い、そのデータを基に彫刻を進めてきました。その後細部に関しては本尊から各所の型紙を作成し、形を写しています。さらに欠損し、EFEOによって修復された箇所に関しては、本尊の確認のほか、古写真の検証や他の仏像と比較を進めながら、オリジナルの形状を慎重に検討しています。加えて,最終的な表面仕上げの方法も類例と比較しながら検討を進めています。これらの作業は日本人専門家の指導の基、カンボジア人スタッフへの技術移転も行いながら進められています。
このレプリカ作成作業はアプサラ機構と協調して進めておりますが、これが完了した時点で改めて関係者と協議し、各方面から理解が得られれば、レプリカを現在のアンコール・トム内ヴィヒヤ・プランピー・ロヴェーに安置させていただき、その上でバイヨン本尊仏像の修復処置及び中央塔の構造安定化事業が完了した後に、その本物の本尊仏をバイヨン内の原位置への再安置を強く望んでいます。
修理対象であるバイヨン本尊仏は、発見当時7点が破断された状況にあり、フランス隊に よる既往修復では、主にセメントモルタルによる接合処理が施されました。石造の破断面には、10数か所に鉄棒を挿入して補強していることが事前の非破壊調査で確認され、鉄棒はいずれ錆が進行し、仏像全体が破損することが危惧されています。また、修理後70年が経過しており、モルタル自体の耐用年数も超過しています。そのため修理の許可が得られた場合、まずはこれらのモルタル及びピンを取り除き,各部材を取り外しその後、適切な処置の元清掃してから、オリジナル部材の復原を基本方針とした再構築作業を行う予定です。
バイヨン寺院内に仏陀本尊が再安置されることにより、かつてジャヤヴァルマン7世が、アンコール古道によって結節されたメコン流域国の平和と繁栄を願って、その統合の象徴としての本像の歴史的・文化的意義が伺えるものと考えられます。
バイヨン本尊仏(オリジナル)
バイヨン本尊仏(レプリカ)
本尊仏が安置されていた当時の復原想定
バイヨン外回廊および東参道におけるナーガ欄干・ライオン彫像修復プロジェクト
バイヨン寺院の外回廊と東参道を飾るナーガ、ライオン彫像および欄干は、過去に修復処置が行われたものの、現在は再び破損して遺跡の周囲に散乱している状況にあります。このような状況下で、日本ユネスコ協会連盟-JSA/JASA-カンボジアNGOのJST(Joint Support Team for Angkor Community Development)が連携し、2012年より部材の紛失、景観改善を主目的とした破損部材の修理、原位置復帰の修復工事を進めてきました。
バイヨン期の特徴であるナーガ・ガルーダを模した彫像は、バイヨン寺院の外回廊および東回廊にめぐらせた欄干の入口や隅部分に設置されています。事業の実施前調査の結果、推定されるナーガ彫像・ライオン彫像の数はそれぞれ98体、36体と考えられ、現存している数がそれぞれ86体、28体であることが判明しました。また、欄干に関する破損状況を調査した結果、現状で損失している箇所を確認し、ナーガ彫像、ライオン彫像の現状の目録およびハザードマップを作成しました。また、既往修復における問題点や劣化状況に関する調査を行い、またそれらが二次的に遺構に及ぼす、不同沈下や雨水の侵入による被害から、修復処置が必要であることがわかりました。
修復工事は、修復前図面・写真記録を行い、JSA専門家らを交えたエリアごとの修復方法や安定化の方法に関する詳細な検討を行うことから始まりました。そして、彫像と欄干の解体作業、破損石材の修理作業、また構造的安定化のために不可欠な箇所に限り、新材への置換や部分的な補填を行いました。その後、基壇の解体と再設置といった整備作業を行い、彫像および欄干の再構築方法策定のための仮組み作業を経て、再構築作業を行いました。本事業はJSA技能員より事業技能員が研修を受けながら進められており、またカンボジアの小~中学生を対象とした社会見学会を実施するなど、人材育成と文化遺産教育活動を重ねて行ってきました。
本修復プロジェクトは2020年8月に完了しました。本プロジェクトに参加し、大きく成長したカンボジア人スタッフは2020年9月からJASAプロジェクトのスタッフとして作業を行っています。
破損したナーガ欄干(当時)
ナーガ欄干の修復風景
修復後のナーガ欄干
バイヨン修復工事現場見学
バイヨン寺院の見学風景
普段目にすることができない情報が解体工事などによって開示されるアンコール遺跡のみならず、文化財建物の修復現場はたいへん興味深いものです。そこで、熱心な見学希望者に対して、第2フェーズまでは日本人専門家常駐者が4~5人いましたので、手分けして現場見学に対応してきました。それが大変好評で、しかも日本人専門家常駐者の数が減少した現在も、見学希望者が多いため、様々な工夫をしながら修復現場や修復工事の詳細などの現場解説を行い、現地観光業者やJSA/JASAのホームページを通して、あらかじめ希望を出していただき、参加していただいております。
学生への現場見学および研修を通じた人材育成教育
JSA/JASAはNGO団体JST(Joint Support Team for Angkor Community Development)等と協力し、日本およびカンボジア、その他各国の大学生や高校生を対象とした現場研修・インターンプログラムを実施しています。この中でバイヨンインフォメーションセンターの紹介を通じた遺跡の勉強や、実際の修復現場見学および研修を行うといった事業協力を行っています。日本およびカンボジアの教育現場の研修をはじめとした多様な社会経験の一助となるよう、人材育成教育の一環として協力しています。