JSA / JASA

Japanese Government Team for Safeguarding Angkor
JAPAN-APSARA Safeguarding Angkor

日本国政府アンコール遺跡救済チーム

保存修復

JSA/JASAの保存修復活動

アンコール遺跡はその史料的価値の高さだけでなく、遺跡を取り囲む周辺環境を含め、カンボジア国民にとって象徴的な意義を持っています。JSA/JASAではアンコール遺跡の修復活動に取り組むにあたって、保存修復の学術的・技術的課題と周辺環境の改善に寄与することを目的としています。また、我々は国際的な修復事業支援として、技術提供だけで終わるのではなく、カンボジア人自らの手で自立的に修復保護が行えるよう、技術移転を旨として支援・育成をしています。その中で修復活動の正確な記録をとり、それを保存・公開していくことが役割の一つであると考えています。

ここでは、JSA/JASAが実施している、また過去に実施した保存修復事業の概要を紹介します。

PHASE 1 / Bayon North Library
バイヨン寺院北経蔵の部分解体・再構築
「バイヨン寺院全域の保存修復のためのマスタープラン」の策定

バイヨン寺院は、クメールの造形芸術文化が長く緩やかな古代王朝の盛衰の時を重ねて辿り着いた一つの終着点ともいうべき遺跡です。また、カンボジアのみならず、タイ、ラオス、ベトナム、マレーシアといった近隣諸国への広大な版図を有した古代クメール王朝の極点というべき時代の国家寺院でした。アンコールの中でもアンコール・ワットと並んで最も観光客を集める遺跡の一つであります。また、バイヨン寺院はアンコール遺跡の中でももっとも危機に瀕した状態にありました。我々は、1995年に部分的崩壊が始まった北経蔵の修復前調査を開始し、1999年9月、北経蔵の部分解体・再構築工事が完成しました。 この工事過程で得られた知識と習得した技術等をもとに、「バイヨン寺院全域の保存修復のためのマスタープラン」の骨子策定に取り組み、2005年に発行しました。

バイヨン北経蔵修復現場

修復完了式典時の北経蔵

外観だけでなく伝統的構法も可能な限り保存

従来この地域での修復方法は、基壇内部の版築土層を鉄筋コンクリート構造の擁壁で囲い、砂岩は化粧材としてその外側に張り付ける構造に変換するものでした。石材も人材も不足している状況下ではやむを得ない方法でしたが、伝統的構造が全く受け継がれないのは残念なことです。外観の保存と同時に構法のオリジナリティを可能な限り尊重し、かつ原構法のもつ構造的弱点をカバーする手法を修復に適用するのがJSAの命題です。

「たたき」の固化メカニズムを利用した版築土層の安定処理を採用

様々な補強案の検討と実験の結果、もともと使われていたものとほぼ同じ粒度分布に調整した砂と土に、最小限の消石灰を加えて時間をかけて固化させる方法を採用することにしました。この方法であれば基壇内部の版築土層は吸水浸透性を保持したまま、オリジナル部と同等の強度を確保し、砂岩やラテライトは単なる化粧材としてではなく、従来通り構造材としての機能を持ちながら外観を形成することができます。

近代技術によるサポート

建物全体の構造形式においては、極力創建当初の技法を尊重する一方で、現代的な技術も採用しています。破断した砂岩部材はステンレスボルトを挿入してエポキシ系接着剤に砂岩粉末を混入して固定し、直射日光を浴びる目地部分は砂岩粉末や砂と無機顔料で調色したポリマーセメントで保護します。また、移動式クレーンやミニクレーン付きトラックなどの現代的建設重機が修復現場で使用されています。これらの機材は、作業の安全性の確保に寄与しています。

砂岩新材の調達

創建当初と同じ構法で修復するには、同じ材料の調達が必要です。近場で採取した砂をブレンドして当時の状態に近いものをつくれたとしても、砂岩とラテライトも同一の品質の石材を新たに調達しないと、せっかく同定した散乱石材の原位置復帰を支承するための欠損部の補填など、構造的に必要な修復工事ができません。2年間のカンボジア鉱工業エネルギー省との共同探査の結果、ついにJSAはバイヨンで使われている砂岩に極めて近い色・強度の砂岩の入手に成功したのです。同様にラテライト新材の切り出しも実現できました。基壇内部の劣化が著しいラテライトブロックは、新材に交換されています。このことは当たり前のように聞こえるかもしれませんが、当時は石切場はクメールルージュの拠点に近かったことや、地雷の埋設、道路網の不備などのため採石自体が諦められていましたが、アンコール遺跡の修復方法に、新たな1ページが開かれました。

全面解体か部分解体か


北経蔵壁体・屋根は不同沈下の影響で全体的に変形しており、解体・再構築の手法が必要なことは明らかでした。しかし、基壇は東西四錐で著しく不同沈下・変形しているものの、中央部では広い範囲にわたって比較的均等に少し沈下していただけだったため、その部分はそのまま残しても再構築できる可能性がありました。議論の末JSAは、オリジナリティを最大限に尊重し、また「バイヨン寺院全域の保存修復のためのマスタープラン」に向けた部分解体による修復手法の開発のためにも、基壇については中央部分を現況のまま残し、上部と四錐部のみを解体する方法を採ることにしました。

7,000個の石材のジグソーパズル

崩落して周辺に転がっている散乱石材はバイヨン全体で数万個に及び、そのうち北経蔵周辺の約7000個の部材について寸法、装飾、帯磁率などから大まかな選別を行いました。さらにこの建物の部材であった可能性の高い約2,000個に絞って原位置の特定を行いましたが、2年に及ぶこのジグソーパズルの結果をもってしても、北経蔵の部材と特定できたのは、わずか30個弱でした。

※1【帯磁率(χ)】与えた磁場の強さ(H)に対する誘導磁化の強さ(M)の比(χ= M/H)。岩石の場合、単純に言えば、岩石の磁石に対する引力の大きさ。アンコール遺跡の砂岩帯磁率は同一建物においても平均帯磁率が異なることがあり、遺跡の建造過程や増・改築過程をも明らかにすることができるとともに、遺跡間における建造時期の対比や建造年代の推定を行うことも可能になり、非破壊である帯磁率測定はアンコール遺跡の研究において多大な成果をもたらした。

PHASE 2 / Prasat Sour Prat
工事概要

プラサート・スープラは、ラテライトが主要建材として使用されている塔状構造物群です。全12基の中で倒壊の危険性が最も高いと判断されたN1塔およびN2塔前室がJSAの保存修復対象となりました。修復前調査は、1994年の調査開始時よりテラス部の考古学的調査から始まり、各塔の現状調査も同時に実施されました。
当時アンコールではラテライト造の本格的な解体修復の前例がなかったため、まず2001年5月よりN2塔前室部のみの部分解体に着手し、2003年9月に再構築が完了しました。これは、長年積層されていたラテライトは、解体した時破壊が一気に進む恐れがあったからです。その直後、N1塔は北側の池方向に、基礎部の構造がほぼ全体的に流失傾斜していたこと、そしてN3塔が以前に基壇部に介入せずに修復したため、その後傾斜が進行してしまったことが深刻な状況にありました。ピサの斜塔のように傾斜したままの状態で保存する方法は大きな費用がかかること、また薬剤による地盤の強化・固定手法は環境への影響が危ぶまれたこと等の理由で、本格的な全解体・再構築手法による保存修復工事が開始され、2005年4月に工事が完了しました。今回のN1塔の工事では、約2000個のラテライトブロック、700個ほどの砂岩ブロックが解体されています。そのうち756個のラテライトブロック、273個の砂岩ブロックがそれぞれ修理され再構築に使用されました。
また、北池護岸の部分的な修復工事においては、199個の護岸ブロックが解体されました。そのうちで再使用に耐えうるものは11個のみで、欠損している部材も含め320個の新材ラテライトブロックを使用して再構築がなされました。塔背面に存在する沐浴池の影響、改変がなされているテラス部との関係など課題の多い保存修復工事でした。

プラサート・スープラと王宮跡

修復技術の特色

修復前後のN1塔

今回の工事の特徴がいくつか挙げられます。まず、これまでアンコールではあまり事例のない、ラテライト造塔状構築物の解体を伴う保存修復工事であったこと。1950年代から1960年代に、EFEOによるN3塔(JSAによる呼称)解体修理工事が実施されていますが、これが現状では池側に傾斜したままであり、その他ではあまり事例がありません。 そのため、ラテライトブロック自体の組積方法の研究、部材修復方法やその材料など研究開発が必要でした。
また、基礎・基壇部の詳細発掘調査を実施し、塔の傾斜要因の解析に努めました。その結果、基礎部を含む全解体の実施がやむを得ないものと判断され、塔の安定化のために開発された消石灰改良土を使用し、オリジナル工法に近似した版築工法によって再構築がなされています。 この基礎部の詳細調査および全解体も、これまでのアンコール地域での保存修復ではほとんど事例のなかったことで、今回の保存修復工事をとおして得られた調査研究結果や経験は、今後のアンコール地域での遺構の保存修復に関する大きな収穫となったものと思われます。

PHASE 2 / Angkor Wat North Library in Outer Gallery
工事概要

北経蔵は西大門と中心コンプレックスを結ぶ大舗道の両脇に南経蔵と対になった建物です。この建物はこれまでEFEO(Ècole française d'Extrême-Orient)およびASI(Archaeological Survey of India)によって部分的な修復が行われています。本工事では以下の作業を行いました。

  • 崩落した側室及びポーチの屋根の再構築
    建物周辺に散乱した約800個の部材片の中から約450個について元の位置を割り出し、再利用が可能な約310個について部材を修復した上で再構築しました。またオリジナル部材が見つからない箇所については、それが崩落部材の再構築のために必要であってかつ痕跡から形状を確認できるものに限り、新しい砂岩を用いて約190部材を製作しました。
  • 側室及びポーチの柱材・梁材の解体修理
    10個の柱材及び12個の梁材について新砂岩材の補填及び補強による修理を行いました。またオリジナル部材の再利用が強度的に不可能で鉄筋コンクリートで作られていたものについては新たに砂岩で部材を製作しました。
  • 主室屋根の雨漏り防止と壁劣化部の補填・補強
  • ポーチ基壇の解体と補強

散乱部材の再構築範囲(灰色部)
2005年作成

部材修理(柱材)

修復中北経蔵

修復後北経蔵

修復技術の特色
  • 部材修理
    本工事では部材の修理において構造的に重要な破損部分への新砂岩材の補填を行いました。これは荷重の伝達を確実にするためです。またポーチの柱材の修理においては縦割れした柱にステンレス鋼の肋材の埋め込みと新砂岩材による根継ぎを適用しています。
  • 工事記録のデータベース化
    本工事の記録は各種図面、写真記録、部材修理記録まで全てHTML書類を基本としたデジタル化がされており、最終的にデータベースとして活用できる形で報告書がまとめられています。
  • 再構築部の位置調整
    北経蔵は建物全体が中央部で最大25cm沈下しているため、崩落部分を完全に原位置に戻すためには全解体工事が必要になります。一方基礎の圧密沈下は現状で安定しており、そのままの状態に維持することが望まれました。そこで本工事では、部分解体と鉛板・ライムモルタルによる嵩上げによる再構築部の位置調整という修復手法を採用しました。
  • 新部材の彫刻面の表面仕上げ
    新しい部材の仕上げ方法については各修復チーム毎に方針が異なります。JSAでは、「オリジナル材と新材との違和感が生じない」かつ「オリジナル材と新材の明確に判別できる」ように、オリジナルの彫刻仕上げとほぼ同じ状態まで彫刻を施した後に、Bush Hammerと鑿で表面を荒らして柔らかい仕上がりにしました。
PHASE 3 / Bayon South Library

バイヨン寺院を対象に、「南経蔵の修復工事」「中央塔の恒久的な補強方法の研究」「内回廊の浮彫の保存方法の研究」を主な課題として取り組みました。南経蔵は修復工事の実施事業であることに対して、中央塔と浮彫は将来的な修復工事を見越した基礎研究を蓄積し、具体的な修復計画の立案を目的とするものでした。また、本事業と関連して、複数の科学研究費の助成を受け、考古学・建築学・岩石学・情報工学の分野における各種研究に取り組みました。「中央塔の恒久的な補強方法の研究」および「内回廊の浮彫の保存方法の研究」は、PHASE 4―5に実施する中央塔の恒久的保存事業およびバイヨン内回廊浅浮き彫りの保存事業に反映されています。

工事概要

2006年度末に修復工事サイトの設営及び修復前記録を完了しました。また、南経蔵の解体工事に先立ち、南経蔵と外回廊の間に山積みになっていた石材の記録と整理を完了、2007年より上部構造の最上層から順に屋根、壁体基壇と解体工事を進め、中部基壇、下部基壇については四隅の崩落が進んでいる範囲で解体を実施しました。基壇については、基壇南西隅の解体、中央構造体の柱や壁、梁と基壇南西隅の砂岩部材の修復工事を開始し、その後他三隅の基壇の部材修復を行いました。更に、解体部材の中でも微細な亀裂への薬剤注入処置や小片の接合等のより細かい修復が必要な部材と、解体をしなかった基壇部材の修復処置を行いました。第一期解体工事は2008年度末に終了。2010年初頭から第二期解体工事が始まり、上部基壇の東半分のみで実施しました。この時、考古学的発掘調査を実施するために砂岩材やラテライト部材が解体されました。
また2007年より、新たな砂岩とラテライトの準備作業を開始していました。新材は石切り場より搬入された後、最終的な形状よりも一回り大きなサイズで粗加工し、上部構造体の仮組工事が開始されると、最終的な形状に合わせてより正確な加工を行います。石材外観面への彫刻装飾等の仕上げ作業は、修復工事の完成直前まで継続されました。新しいラテライト材の加工は2011年3月に完成しました。コンクリートスラブ上での上部構造の仮組作業は、主要な砂岩材の修復処置が完了した 2007年10月より開始し、2009年にはこの仮組作業は終了しました。しかし、再構築の前には更に解体した遺構の上で仮組を行い、最終的な調整量を算出する必要があり、最終的にこれらの仮組の結果をもとに基壇の再構築から着手され、2011年7月には上部のすべての再構築部材が設置されました。

バイヨン南経蔵の修復工事

南経蔵は第一フェーズに修復工事を行った北経蔵とほぼ同形式の遺構であり、技術的には多くの問題をすでに解決していましたが、この修復工事では一連の工程をカンボジア人専門家と技能員が中心となって実施することを新たな挑戦として取り組みました。結果的にカンボジア人の育成において、十分な成果を上げることができたと考えています。
                 北経蔵と同形式とはいうものの、細部には異なる点も認められ、新たに修復工事の技術的な 修正や改善を図ったところも少なくなく、日本人専門家の貢献も不可欠でありました。

バイヨン南経蔵 修復風景

バイヨン南経蔵 平面図

砂岩部材の修理作業

文化遺産である建物の修復と保存では、劣化していてもオリジナルの部材は歴史的な建造過程におけるオーセンティティを保持するために可能な限り保存する必要があります。そのため、オリジナル部材を再利用し、石材の入れ替えを最小限にして石材の構造を補強する作業が行われました。上述の修復工事計画に従って、南経蔵の南側に位置していた石置積を解体し、中に南経蔵のオリジナル部材が紛れていないか調査したところ、この石積みからは2点しか見つかりませんでした。そこでこれまでJSAが手掛けてきた、第1、第2フェーズの事業において砂岩修理の経験に基づき、南経蔵においても劣化した部材修理に同様の方法を用いました。また多くの石材がひび割れと破断により修復を必要としており、これに伴い様々な修理技術が開発された結果、石材の再利用が可能になりました。

中央塔の恒久的安定化のための補強方法の研究

寺院中央にそびえ立つ尊顔塔は、周囲の地面からは高さ 42m に及ぶ構造で、バイヨン寺院の象徴的な存在です。円形の平面をなす、クメール建築でもユニークなこの搭状の建築は、必ずしも構造的に安定している状況ではないということが、これまでの構造調査により明らかになっています。挙動・気象観測、微振動計測、構造解析、地盤ボーリング、地下探査、考古学的発掘調査等を通じて、中央塔の上部石積み構造の安定化と、高い基壇の内部基礎構造の安定化を実現するための補強方法の策定に取り組みました。

内回廊浅浮き彫りの保存修復方法の研究

バイヨン寺院には内回廊と外回廊のそれぞれに、長大な浅浮き彫りが施されています。いずれも寺院の宗教的性格や当時の生活背景を伝える重要な痕跡ですが、特に内回廊において劣化が進行しています。石材の表面が、徐々に剥落していくことにより、貴重な浅浮き彫りが失われつつあります。様々な劣化原因が推測されますが、その原因を究明し、劣化の速度をできるかぎり抑えるために、岩石学・微生物学・保存科学の各専門家グループにより保存方法の研究を進めました。

PHASE 4 / Bayon

バイヨン寺院を対象とし2011年11月より修復作業を開始しました。具体的には、
①バイヨン中央塔の恒久的安定化のための補強方法の策定
②バイヨン内回廊浅浮き彫りの保存・修復方法の策定
③バイヨン東面景観整備
を実施する他、民間の支援等と連携し
④バイヨン本尊プロジェクト
⑤外回廊と東参道におけるナーガ欄干とライオン石彫像の修復工事
といった協力事業に取り組みました。

バイヨン本尊プロジェクトおよび外回廊と東参道におけるナーガ欄干とライオン石彫像の修復工事の概要に関しては、技術協力の項をご参照ください。
バイヨン中央塔の恒久的安定化のための補強方法の策定

寺院中央に聳える高さ42mの中央塔は、石積みの変位や部分的崩落の危険性が心配されていますが、第3フェーズまでに挙動・気象観測、微振動計測、構造解析、地盤ボーリング、地下探査、考古学的発掘調査等の多角的調査を行い、安定化のための補強方法を検討してきました。本フェーズではこれまでの調査成果を踏まえ、具体的な補強方法を策定するための各種検討を進めました。

バイヨン中央テラス ボーリング調査

内回廊浅浮き彫りの保存・修復方法の策定

一周約300mにおよぶ内回廊に彫刻された浅浮き彫りは、石材劣化により少しずつ失われる危険性に直面しています。第3フェーズまでに、この浅浮き彫りの保存修復方法を検討するために、岩石学・微生物学・保存科学の各専門家グループによる劣化原因とそのメカニズムを究明する研究を進めてきました。本フェーズにおいては、引き続き調査を継続して進めつつ、内回廊浅浮き彫りの修復保存方法を策定するために、これまでの成果を基に各種施工実験およびモニタリングを進めました。また、内回廊浅浮き彫りの劣化の原因の一つとなっている屋根からの雨水の漏水を防止するために、石材の目地開きの現状記録、充填材および充填方法の検討を進めました。

バイヨン東面景観整備

外回廊の四方の門と四隅の建物は、寺院内でも最も石積みの変形が著しい遺構です。これらの建物に関してはこれまでにも仮設的な支保工が設置されていましたが、いずれも老朽化が進んでおり、より恒久的な保存修復工事が求められていました。特にバイヨン寺院においては、東正面から境内へと向かう観光ルートが一般的であるため、その出入り口となるこれらの遺構の整備が急務となっています。本フェーズにおいては南東隅建物および東門の修復工事を進めました。

また東参道の北側には、視認だけでなく、過去に実施された考古学的発掘調査より、ラテライトの護岸に縁取られた沐浴池の存在が確認されています。他方、南側はほぼ平坦な敷地で、沐浴池の有無は定かではありません。上記の外回廊東側遺構の整備作業工事とあわせて、寺院正面の景観整備の一環として、土中に埋設している可能性のある沐浴池の有無を確認し、存在した場合には、それらの整備計画を策定するための考古学的調査を行いました。

バイヨン塔55 修復前

バイヨン塔55 修復後

PHASE 5 / Bayon

引き続きバイヨン寺院を主な対象とし、2018年11月から修復事業を開始しました。事業内容としては
①バイヨン中央塔の恒久保存対策案の策定及び施工実験
②バイヨン内回廊浅浮き彫りの保存・修復計画案の策定
③バイヨン東面景観整備
に取り組んでいます。

バイヨン中央塔の恒久保存対策案の策定及び施工実験

これまでバイヨン全域の保存のために活動を続けていく中で、特にバイヨン中央塔の恒久的安定化の作業は、技術的にも難題であり、膨大かつ広範囲の調査研究と技術開発を必要とすることが判明したため、これまでに様々な分野から実験・調査を行ってきました。その結果、その中でも特に中央塔を支える直下の基礎構造において極めて脆弱な箇所があり、恒久的安定化のためには優先して抜本的な補強が必要なことが判明しました。そのため本フェーズにおいては中央塔群の基壇基礎内部構造の特性を明らかにした上で、中央塔直下脆弱部に関する対策案を策定、そして実施するための各種調整を進めています。また並行して、中央塔上部構造の修復方針の具体化に向けた各種作業、そしてアプサラ機構による中央第三テラスにおける修復作業の技術協力も行っています。

バイヨン中央塔上部
風による崩壊危険度の調査

バイヨン中央塔北面 3次元モデル立面

バイヨン中央塔北面 3次元モデル断面

バイヨン内回廊浅浮き彫りの保存・修復計画案の策定

第4フェーズに引き続き、内回廊浅浮き彫りの保存修復計画案の策定のために、これまでに行っていた岩石学・微生物学・保存科学に加え、環境学や情報学等、さらに多角的な各分野の専門家を交えながら、内回廊浅き浮彫りの劣化原因とそのメカニズムを究明する調査研究、保存修復やその管理方法の検討を進めています。また保存修復計画案を具体化するために、これまでの成果を踏まえた上でバイヨン内において浅浮き彫りのクリーニングおよび保存処置、そして雨水漏水防止のための屋根目地開き箇所の充填作業等の各種施工試験およびそのモニタリングを進めています。

バイヨン内回廊 浅浮き彫り

バイヨン東面景観整備

第4フェーズに引き続き、バイヨン東面景観整備作業の一環として、バイヨン外回廊北東隅建物およびその周辺の整備作業を進めています。